砂丘今昔話

白魔道士の修練に精を出す日々にちょっと潤いが欲しくなったので、ジュノで待機するのをやめて、久々にバルクルム砂丘まで足を伸ばしてみました。

寄せて返す波の音を聞きながら目を閉じていると、思い出されるのは僕自身もまだまだ駆け出しの冒険者だった頃のこと。LSの先輩たちにアドバイスを受けながら、数日にわたる狩り生活に耐える量の食糧と、Lvが上がった後に使えるようになる装備品や魔法スクロールの数々をサンドリアから持参して、セルビナに半ば住み着くようにして修練に明け暮れていたものです。
同じように満足いくLvに到達するまでセルビナに留まる人同士はいつしか顔見知りに、やがてはフレンド登録を交わしてみたり。僕も多分に漏れず、今もよくつるむ友人達の中にも、この砂丘で出会い、共に戦った人が多くいます。

そういえば赤魔道士として最後の限界を超えてからも、何故だかしばらく足が砂丘に向いていましたっけ…無意味にソロの冒険者さん捕まえて花火を勧めたりしてw

さて、そんな回想は脇においておきまして。

門前に陣取りながらソロで頑張ってる人に強化魔法をかけてみたり、若い冒険者に追いすがって町まで走り込もうとするゴブリンを神聖魔法で打ち据えたり。
まあ大部分は目立たないようにインビジを掛けて門前で人の往来を観察していたわけですが、意外に思ったのがサポートジョブを持たない冒険者もそれなりによく見かけたという事でしょうか。

現在の情勢を鑑みると、確かに彼らの多くはベテランの冒険者を主に持つ倉庫番の子だったり、あるいは過去に色々あって人生をやりなおした人だったりする事もままあります。が、中には本当に「つい先日冒険者始めました^^」ってぴかぴかの若手もいたりするので、まったく油断がなりません。
また、サポートジョブを修得していても、やはり手ほどきをしてくれる師匠のような存在に出会えなかった人がいたりすると、端から見ていて心配になるような行為に及んだりするのを目撃します。けっこう前の話になってしまい恐縮ですが、例え余計なお世話だったとしても、サポモでためてガストスラッシュを羊に放つお嬢さんに「ちょっとそこ座んなさい」と声をかけ、あまつさえ青空教室など始めてしまった当時の僕を、一体誰が責められましょうか?

しかし、僕はそんな新米の冒険者達の導き手になりたいとは思うものの、彼らを甘やかしたいとは決して思わないのです。
たとえば、6人でパーティを組んで戦うその横に佇む、高レベルの魔道士、あるいはナイトや詩人さん。Anonymous状態にしていても、重厚なプレッシャーでバレバレです。
そして横合いからの高位回復魔法。ソロで頑張る人へ通りすがりに癒しを祈るのとは訳が違います。そして嘆かわしいのはLvが60台に達してさえ、それをよしとする考えの人物がいるということです。
もし、回復を一手に請け負える魔道士をパーティに加えることができなかった、というのであれば、補助をしてくださる側の人の快い承諾、あるいはその人へのなんらかの返礼をもって認めることもできますが、仮にも白魔道士を誘っておきながら「Lv75の白魔道士が横についててくれるから楽できるよ」とは侮辱もいいところです。丸い四つ足のテーブルがあれば力強くひっくり返すくらい腹立たしい事だと思います。

…話が大きくずれてしまいました。
今の話は後衛、とりわけ魔道士系ジョブの立場に大きく拠った意見でしたが、ともかく新人の冒険者達には、そんな風に己の存在意義を疑問に感じるようなパーティ戦闘を経験させるのはどうかと思うのです。
前衛は後衛を守る。後衛は前衛を支える。鳥が先か卵が先かは分かりませんが、互いへの信頼をもってパーティは成立するものです(基本的には)。
この砂丘においては、勝てない敵に目を付けられたなら素直に逃げてもいいんです。傷付き倒れて、レイズが使える魔道士さんを探すときだって、それを恥だと思わなくてもいいんです。

僕が砂丘に足を運ぶときは、そんな風にまっすぐ育つ冒険者を応援したいとき。
いつかは修練のための旅ではなくて、世界の美しさを探す旅へと、出て欲しいから。


いつしか忘れかけていた、導くという意志を思い出させてくれた同盟です。
熱い紳士の皆様方の心意気を、感じてください。
同盟:セルビナ警備隊
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by Rdms_pride | 2005-11-29 00:43 | よしなしごと


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